先日ICC国際コーチング養成講座に参加した。モジュール3で大詰めを迎えています。残すは後一回です。実際に代替医療の分野で臨床を行なっていると、最近の症状は慢性的な症状が多い。筋骨格系なども長年の肩こりや、腰痛や膝痛などが多い。
西洋医学的に考えると、肩こり、腰痛は整形外科、便秘や下痢は内科といったように一般的な常識になっている。症状を分類して専門的にみるのでそれでよい。しかし、1つだけの症状ならそれでいいが、複数にわたって抱えている面倒になる。
最近のTVなどは健康志向が強く、必ずと言っていいくらいに毎日のようにやっている。それもお笑い番組的な内容が多く、一方的な見方で放映している。もう少し多角的に検証するうと面白い番組なると思うのだが・・
TVに出て来る症例は、症状的な結果は大病なのだが、あたかも結果原因説で症状が原因のごとく取り上げられている。やはり結果は結果ととらえるべきだろう。結果には必ず原因がある。そこをついて欲しいところだが・・・歯がゆい感じもする。
前置きが長くなったが、最近の症状は結果を見ているが原因をみていない。みていないと言うより現代医学の苦手とする心理的な影響との関係を棚に上げている。せいぜいストレスと自律神経の関係やホルモンの関係程度で濁している。
ストレスと症状の関係を臨床的にみた最近の症例からみてみる。
症例
小学3年生 女子
症状
両側の大腿四頭筋痛、膝痛、下腿三頭筋痛が1週間前よりはっしょうする。お母さんは様子を見ながら、そのうち良くなると思っていたがなかなか改善せず、日を追うごとに痛みが強くなってきていた。
特に朝の起床時から学校に行き、学校での生活中はロボットのように膝を曲げずに歩いている。学校が終わって帰宅するころには通常の歩行ができるようになる。
来院時の症状は歩行痛、屈伸痛、屈伸不能、ロボット様歩行、仰臥位での他動的、自動的の膝屈伸ができない。圧痛顕著。
治療はハード面の治療は行わない。仰臥位で伸張反射でストレスチェック。出てきたストレスは卒業式の練習で思い椅子を毎日体育館に運んでいくことで嫌気があった。
治療は特別なことはせず、かわいい女こと学校の話を10分くらいしただけである。症状はその場で改善し、膝関節の屈伸運動も歩行も通常歩行になりかいぜんした。
ここで強調したいのは、ストレスとの関係がわかってもどのストレスが緊張を強いているかを見つけなければならい。ストレスの影響、学校でのストレスが影響していることは問診していけばわかる。学校の何がストレスか突き詰める事が必要である。
ただし、原因を追い込んで患者さんに負担をかけるの避けたほうがいいようなきがする。また、そのストレスの良し悪しを判断せず、患者さん自ら選択するように導くといい結果がでる。患者さんは自ら治す力を持っていることを信じて、自ら改善できる能力を持っていることも忘れてはならない。
まして、治してやる、術者が治す、このテクニックがいいんだ・・などとは思うことは改めたのほうがいいような気がする。患者さん自ら治す働きを手助けすることに尽きる。特に脳への刺激は強烈で、自らの意識的な思考、潜在的な志向は、何よりの薬になる。
読者の方はAMやPCRTを治療に使っている方が大きと思うが、治療技術もアートだが検査で何が原因かを見極めるのもアートである。さらに、手技だけがアートでもない。患者さんとの問診や治療中の会話からも色々な事がわかる。
その会話の中でヒントを得て、思考を刺激することもアートである。適切ないい刺激が自らの脳を活性化せて治癒に導いてくれる。コーチングのスキルを心身医療に導入していくことはこれからのストレス社会において、われわれ臨床家にとって大きな変化を与えてくれることは間違いないだろう。
拳骨
2012年3月16日金曜日
2012年1月11日水曜日
身体との会話107・・・ICC国際コ-チング1
身体との会話において大切なのは、患者さんが何を望んでいるかを見ぬくことである。患者さんが希望するは何か? これを見誤るとボタンの掛け違いで消化不良を起こしてしまう。後味が悪くてどうもすっきりしない。患者さんも同じである。
このことは治療に限ったことではない。スポーツ世界でも同じである。もちろん日常生活、家族関係、職場の上司と部下の関係も同じである。お互い対峙する関係でお互いのルールやイメージするものが一致しないと共に歩んでいくことに平行してサポートすることができない。
治療家が一番陥りやすいのはテクニックに患者さんを収めようとすることである。テクニックや治療家のルールに当てはめてその中で何とかしようとすると、そのテクニックやルールに当てはまるとドラマチックに改善したり、お互いに感動して「いい先生」「素直な患者」で万事ハッピーである。
かと言って、ルール無し、患者さんの言うがままの何でもありの基本がぶれてばかりでも治療家としてのアイデンティティ-がなくなってしまう。では、経営的にみるとこちらの形態もあってよしと考えることもできる。
スポーツでコーチと選手の関係はどうかみて見よう。小生の経験から見ると、現在の日本のスポーツ界は今だコーチ主体の見方が強く残っている。テクニックの修正、メンタルもコーチが主導権を握っている。コーチのルールで判断して、そのルールを選手に当てはめている。
なかには選手が求める答えを惜しげもなく、簡単に与えている。この関係は、当初は「親切な良いコーチだな」「わからないことはなんでも答えてくれる」・・選手とのコーチとのラポールの構築にはいい関係になる。逆のことを考えてみよう。
いつも答えを貰えることが当たり前になると、答えがもらえないとコーツに対して不信感や違和感を覚える。また、答えをもらってうまくいく行かないと、答えを出したコーチがに責任の所在を求める。更に、答えをもらうことによって依存度がまして、自立志向が低下する。特に勝負の世界では依存度が増してくるとは敗因の一つでもある。
患者さんと施術家にとっても同じである。治療家にとって患者さんから依存されること信頼されることが区別できない方がいる。患者さんが治療家に依存しているにもかかわらず、あたかも信頼を寄せているかのごとく勘違いをして、同情したり、同調したりすることが気づかないうちに行なっている。
そうなると、症状の改善がうまく行かなくなると、患者さんは改善しない責任を治療家に求める。これでは責任の押しけで患者さんが自立傾向で自ら目標に向かって歩むことができなくなる。府のサイクルから抜け出すことが出来ず、Drショピングやお医者さんのはしごである。経営的に見るといいことなのかもしれない。
では、この現象を経営的にみるのか・・ あるいは、患者さんの本質的な問題解決するという患者さんの目線でみるのか・・・どう思いますか? 患者さんは何を求めてくるか、選手は何を求めているか・・見ぬくことが必要である。
拳骨
このことは治療に限ったことではない。スポーツ世界でも同じである。もちろん日常生活、家族関係、職場の上司と部下の関係も同じである。お互い対峙する関係でお互いのルールやイメージするものが一致しないと共に歩んでいくことに平行してサポートすることができない。
治療家が一番陥りやすいのはテクニックに患者さんを収めようとすることである。テクニックや治療家のルールに当てはめてその中で何とかしようとすると、そのテクニックやルールに当てはまるとドラマチックに改善したり、お互いに感動して「いい先生」「素直な患者」で万事ハッピーである。
かと言って、ルール無し、患者さんの言うがままの何でもありの基本がぶれてばかりでも治療家としてのアイデンティティ-がなくなってしまう。では、経営的にみるとこちらの形態もあってよしと考えることもできる。
スポーツでコーチと選手の関係はどうかみて見よう。小生の経験から見ると、現在の日本のスポーツ界は今だコーチ主体の見方が強く残っている。テクニックの修正、メンタルもコーチが主導権を握っている。コーチのルールで判断して、そのルールを選手に当てはめている。
なかには選手が求める答えを惜しげもなく、簡単に与えている。この関係は、当初は「親切な良いコーチだな」「わからないことはなんでも答えてくれる」・・選手とのコーチとのラポールの構築にはいい関係になる。逆のことを考えてみよう。
いつも答えを貰えることが当たり前になると、答えがもらえないとコーツに対して不信感や違和感を覚える。また、答えをもらってうまくいく行かないと、答えを出したコーチがに責任の所在を求める。更に、答えをもらうことによって依存度がまして、自立志向が低下する。特に勝負の世界では依存度が増してくるとは敗因の一つでもある。
患者さんと施術家にとっても同じである。治療家にとって患者さんから依存されること信頼されることが区別できない方がいる。患者さんが治療家に依存しているにもかかわらず、あたかも信頼を寄せているかのごとく勘違いをして、同情したり、同調したりすることが気づかないうちに行なっている。
そうなると、症状の改善がうまく行かなくなると、患者さんは改善しない責任を治療家に求める。これでは責任の押しけで患者さんが自立傾向で自ら目標に向かって歩むことができなくなる。府のサイクルから抜け出すことが出来ず、Drショピングやお医者さんのはしごである。経営的に見るといいことなのかもしれない。
では、この現象を経営的にみるのか・・ あるいは、患者さんの本質的な問題解決するという患者さんの目線でみるのか・・・どう思いますか? 患者さんは何を求めてくるか、選手は何を求めているか・・見ぬくことが必要である。
拳骨
2011年12月28日水曜日
身体との会話106・・・PCRTセミナーより2
心身条件反射療法は、脳のパターン化された緊張を診ていき解放することである。この緊張は五感を通した外からの情報や内なる思考からパターン化された緊張がつくられる。この緊張パターンを見つけ出すのに神経筋反射を使ってみていく。
この神経筋反射を見れるか見れないかは、心身条件反射を臨床で使っていくうえで臨床家の生命線とも言える。神経筋反射を見られるようになるのは時間がかかるが、誰でもできることである。根気強くやることが必要である。
やり方は筋力検査や下肢長検査・・その他神経反射を見られるものであれば何でもいいだろう。やり方はどんなことでもいいが、いずれのやり方も反応は一致しなければならない。やり方に決まりはないがうまく引き出せる人とそうでない人がいる。
今年流行った言葉に「想定外」とい言葉がある。物事考えるときは、ある範囲内のことは考えが迄ぶ。一生懸命考える。しかし、それ以外のことは全く考えも及ばない。それが「想定外」である。範囲を広げたり、無限的にか考えると限がなく嫌になる。脳の性質としてなそんな所である。
原発の問題はさておき、心身条件反射療法も同じである。ある緊張パターンを見つけ出していくのに、色々な情報を組み合わせて反応を引き出す。神経反射をみる技術もさる事ながらこの情報の組み合わせを診ていくのも大きなスキルである。
この情報の組み合わせは無限である。こんなものはテキストには無い。その施術を行う先生の知識や体験、成功経験、失敗体験あるいは感が大切である。理屈では計り切れないものである。また、患者さんが意識的なものしか理解出来ないが、意識外の無意識の中に入り込まないとできない。
うまく検査ができる人は、このあたりの探りの入れ方がうまい。型にはまらずいろいろな情報が次から次と出てくる。まして、無意識の反応が想定外のことでも神経筋反射を信じることで対処できる。想定外の事はありえないと思って型にはまっていると先に進まず本質的なと頃まで掘り下げることはできない。
情報は消去法なので、探りを深めていくと狭まってくる。それにより本質的な原因がみえてくる。この探りを入れていくうちに迷子になってしまう方がいる。これもうまくいかない原因である。原因を探っているうちに探っている本人がどこにいるのか(どこの位置を探っているのか)わからなくなり治療が成立しなくなる。
迷子になる人は、やはり型にはまった想定内のことを一生懸命探っている。そんなときは型からはみ出て周りをよく見て、再度探りを深めていくことをしてもいい。この型にハマる方は思考自体に型を持っている。思考自体に型を持つと本来の神経反射反応に迷いが生じ、疑問をもつようになる。
疑問を持ち始めたら先には進まない。いかに型にはまった思考を捨ててニュートラルな思考で神経反射反応を診ていくことが出来るかできないかが臨床効果にあらわれる。「想定外」は政治家の言い逃れの言葉だけにしたいものである。
拳骨
この神経筋反射を見れるか見れないかは、心身条件反射を臨床で使っていくうえで臨床家の生命線とも言える。神経筋反射を見られるようになるのは時間がかかるが、誰でもできることである。根気強くやることが必要である。
やり方は筋力検査や下肢長検査・・その他神経反射を見られるものであれば何でもいいだろう。やり方はどんなことでもいいが、いずれのやり方も反応は一致しなければならない。やり方に決まりはないがうまく引き出せる人とそうでない人がいる。
今年流行った言葉に「想定外」とい言葉がある。物事考えるときは、ある範囲内のことは考えが迄ぶ。一生懸命考える。しかし、それ以外のことは全く考えも及ばない。それが「想定外」である。範囲を広げたり、無限的にか考えると限がなく嫌になる。脳の性質としてなそんな所である。
原発の問題はさておき、心身条件反射療法も同じである。ある緊張パターンを見つけ出していくのに、色々な情報を組み合わせて反応を引き出す。神経反射をみる技術もさる事ながらこの情報の組み合わせを診ていくのも大きなスキルである。
この情報の組み合わせは無限である。こんなものはテキストには無い。その施術を行う先生の知識や体験、成功経験、失敗体験あるいは感が大切である。理屈では計り切れないものである。また、患者さんが意識的なものしか理解出来ないが、意識外の無意識の中に入り込まないとできない。
うまく検査ができる人は、このあたりの探りの入れ方がうまい。型にはまらずいろいろな情報が次から次と出てくる。まして、無意識の反応が想定外のことでも神経筋反射を信じることで対処できる。想定外の事はありえないと思って型にはまっていると先に進まず本質的なと頃まで掘り下げることはできない。
情報は消去法なので、探りを深めていくと狭まってくる。それにより本質的な原因がみえてくる。この探りを入れていくうちに迷子になってしまう方がいる。これもうまくいかない原因である。原因を探っているうちに探っている本人がどこにいるのか(どこの位置を探っているのか)わからなくなり治療が成立しなくなる。
迷子になる人は、やはり型にはまった想定内のことを一生懸命探っている。そんなときは型からはみ出て周りをよく見て、再度探りを深めていくことをしてもいい。この型にハマる方は思考自体に型を持っている。思考自体に型を持つと本来の神経反射反応に迷いが生じ、疑問をもつようになる。
疑問を持ち始めたら先には進まない。いかに型にはまった思考を捨ててニュートラルな思考で神経反射反応を診ていくことが出来るかできないかが臨床効果にあらわれる。「想定外」は政治家の言い逃れの言葉だけにしたいものである。
拳骨
2011年10月24日月曜日
身体との会話103・・・PCRT研究会より2
ニューロ・パターン・セラピー ガイドブックより
研究会でこんな質問をされた。「やるたびに反応の結果が違う。どうしてでしょうかね」答えは簡単だ。自分のやっていることを信じていないからである。信じる信じないは結果が出ることによって、自信をつけて成功体験から会得する感覚である。
臨床を行うときに、自身を持って取り組んでいるか? どうでしょうか。直せる、治せないではない。自分の臨床に自信が持てるかだ。特に潜在意識で自信が持てないと理屈が邪魔をする。理屈でいろいろ考えて感性を邪魔をするとニュートラルになりきれず、迷いや思い込みが出てしまう。その結果はバラバラになる。
技術的に未熟な部分はあるが、技術は数をこなす経験が必要である。どの技術レベルでもそのレベルでの自信を持ってもらいたい。初心者は初心者のレベルの自信。中級者は中級者の自信を持って取り組んでほしい。
心と身体の関係における症状は様々である。西洋的に専門家された分野ごとに診ていくのでは無く、心と身体の内外の関係性を診ていき、その関係性の繋がりにエネルギーブロックが悪さをして症状に現れると考えるといい。ある人は皮膚に出たり、また、ある人は消化器系に出たり、循環器にでたり、また、筋骨格系にでたりと様々である。
患者さんで雑多な症状を持っている方は、症状の初めは蕁麻疹や発熱であったりするが、そのうち熱が下がったが腰が痛くなた、下痢が続いているなどと次から次と症状が変わる人がいる。アレルギーを代表する言葉に「アレルギーマーチ」と言う言葉がある。最初のアトピーが治ったと思ったら喘息が始まった。
一つの症状が収まったら、次の症状が始まる。西洋医学的にはひとつの症状に専門家が担当するのでその専門性から症状が収まればそれで済むが、本質的には全く治っていない。代替医療も西洋医学の教育を受けて、そのまま臨床に当てはめようとすることが多い。これは理屈の世界の治療である。
10年、20年先の医療のあり方を、どの目で見るかはその先生方の自由だが、それなりの治療理念をしっかり見据えて、その理念が定まったなら自信を持って将来の自分の臨床家としての自信に満ちあふれた姿を見てほしい。
拳骨
2011年10月19日水曜日
身体との会話102・・・PCRT研究会より1
先週末にPCRT(心身条件反射療法:ニューロパターン・セラピー)研究会が行われた。このPCRTは、まさしく患者さんの身体(神経反射)に問いかけて反応を引き出して、患者さんの身体と会話する。身体と会話すると行っても、身体の反射神経の反応を筋肉を通して、神経機能を診ていく手法である。
反射をみることによって何がわかるのか? 診方によるが潜在的な緊張を見ると解釈していいだろう。この潜在的なものは、普段目を向けることは無いが、潜在意識は99%で顕在意識は1%とも言われている。最近の脳科学の進歩で明らかにされている。
また、意識は後付、いわゆるこじつけであるとも言われている。潜在意識が働きその後に意識が理屈をつけて、あたかもその人間の意思が言っているようになっている。では、この潜在意識はどんなときに働いているのか?
例えば、朝ごはんの味噌汁の具は何にしようか? これは意識的な働きで計画する。実際に食べるときに「右手で箸を持つ」「左手でお茶碗を持つ」とそのたびに意識的に考えて箸を持ったり、お茶碗を持ったりしている人はいないはずである。無意識で勝手に持っている。
この無意識での脳の緊張は、身体運動の反射系の働きを乱し、運動系であれば筋肉の過緊張を生じさせる。このことは「共縮」という現象で証明されている。スポーツ選手のイップスや試合前の緊張などが典型的な「共縮」である。身体が緊張で硬くなる状態である。
運動系外にも自律神経も乱し、交感神経が興奮し血流不全、消化器の不調、免疫系の低下まど様々な機能不全が生じる。その結果が各系の病理的な症状に移行していく。最近は心理的なストレスからの症状が多くなって来ているのは事実である。
この無意識レベルの脳の緊張は神経反射の機能を失い、筋緊張が顕著に現れて下肢長反応や筋のトーンの変化に出て筋力検査をすると力が入る、入らないに表れる。筋肉の強弱を評価する方もいる。この変化を評価して潜在意識の緊張を診ていく。
神経反射見るためにには何らかの刺激が必要になる。必要としなくてもできるがここでは誤解が生じるので刺激を加えて反応を見ることを前提とする。この刺激は身体内の物理的な刺激や化学的な刺激、思考でも反応する。
AMなら外的にストレス、プレッシャー、アクティベータ器での外的刺激で受容器を刺激すれば反応する。この反応は下肢長に顕著に現れてそれを氷解する。また、体内外の化学物質で化学物質に反応する受容器が反応する。例えば、梅干しやレモンを食べると口の筋肉が緊張して顔をしかめるだろう。更に、口の中では唾液が出てくる。味という化学物質である。
思考・・何を考えるかで交感神経が興奮して目が冴えてしまう。TVで応援しているスポーツ選手の活躍を見ていると、思わず握りこぶしを握って手に汗をかいていることもある。これらは意外と無意識で行なっている。このような状態で自律神経の乱れや反射神経が乱れて身体内外の各系の乱れを作っている。
この神経学的な反応を診て、評価していくのが「身体との会話」である。AM然り。PCRTもまた然り。身体を機械的に評価すると構造ありきで症状を見てしまう。本質的な原因がどこに隠れているかしっかり見極めることが大切である。機械的に診ていくと結果を見つけても原因は見えないことが多い。
拳骨
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